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大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)48号 判決 1984年7月20日

大阪市北区西天満一丁目七番二号

新なにわビル三階

金永鎮訴訟承継人

原告

破産者金永鎮破産管財人

堀野家苗

大阪府東大阪市永和二丁目三の八

被告

東大阪税署長

中西久司

右指定代理人

高田敏明

右同

中野英生

右同

西野但

右同

木下昭夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が金永鎮に対して昭和五五年三月八日付けでした昭和五一年分、昭和五三年分(以下、係争各年分という)の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(但し、いずれも裁決で一部取消された部分を除く。以下、本件各処分という)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  金永鎮は、肩書地で土木工事業を営んでいたものであるが、被告に対し、係争各年分の各所得税につき、別表(一)の確定申告欄記載のとおりの白色の確定申告をしたところ、被告は、昭和五五年三月八日、同表の更正処分欄記載のとおりの本件各処分をした。

そこで、金永鎮は、被告に対し、本件各処分に対して異議申立をしたところ、被告は、同表の異議決定欄記載のとおりの決定をしたので、金永鎮は、更に、国税不服審判所長に対し本件各処分について審査請求をしたが、同所長は、昭和五七年三月一〇日付で同表の裁決欄記載のとおりの裁決(いずれも一部取消)をし、これは同月二三日金永鎮に送達された。

2  金永鎮は、昭和五七年九月二四日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、原告が金永鎮(以下、破産者という)の破産管財人に選任された。

3  しかし、本件各処分には、破産者の係争各年分の所得を過大に認定した違法がある。

4  そこで、原告は、被告に対し、本件各処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3は争う。

三  被告の主張

係争各年分の破産者の所得金額の内訳は、次のとおりであり、その範囲内でなされた本件各処分は適法である。

1  雑所得金額

砂利購入券の売買差益金額の合計額であり、昭和五一年分は五〇万四〇〇〇円、昭和五三年分は一二万九五〇〇円である。その内訳明細は別表(二)のとおりである。

2  事業所得金額

破産者の係争各年分の事業所得金額の内容、内訳は、別表(三)のとおりである。

(一) 産出所得金額(別表(三)の<3>)

別表(三)の<1>の各売上金額に別表(四)の被告の主張額欄記載とおりの各同業者の算出所得率(収入金額から一般経費を差し引いた金額の収入金額に対する割合、係争各年分ともに七一・四四パーセント)を乗じて推計した。

(二) 右(一)の推計の合理性

別表(四)の被告の主張額欄記載の各同業者は、次のとおりの基準で選定したものであり、破産者と事業地域、事業規模、事業形態等の点において類似性があり、また、右各同業者は青色申告者であるから、その数値は正確である。

すなわち、別表(四)の被告の主張額欄記載の同業者は、左記<1>ないし<5>の各条件を全て満たす同業者であり、昭和五一年分は東大阪税務署管内に二名、八尾税務署管内に二名、昭和五三年分は東大阪税務署管内に二名、八尾税務署管内に三名、城東税務署管内に一名であつた。

<1> 係争各年分に土木工事業を営む者で、破産者の住所地を管轄する東大阪税務署若しくはこれに隣接する生野、東成、城東、東住吉、八尾、門真の各税務署管内に事業所を有している者であること

<2> 土木工事業以外の事業を兼業していない者であること

<3> 年間を通じて事業を継続して営んでいる者であること

<4> 係争各年分の売上金額が二七〇〇万円以上一億二〇〇〇万円未満の範囲内にある者であること

<5> 係争各年分について、青色申告書を提出している者であり、かつ、係争各年分の課税処分につき不服申立又は訴訟を提起していない者であること

そして、本件口頭弁論終結時において、破産者の係争各年分の事業所得金額の実額の主張、立証がないから、右(二)の推計には、その必要性及び合理性がある。

3  よつて、本件各処分のうち裁決で一部取消された部分を除くその余の部分は、いずれも右各所得金額の範囲内でなされたものであるから、適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1(雑所得金額)は認める。

2  同2のうち、別表(三)の昭和五一年分、昭和五三年分の<1>(売上金額)、<4>(雇人費)、<6>(支払利息)、<8>(事業専従者控除額)はいずれも認める。

3  同2の(一)(二)(別表(三)の<2><3>)は争う。被告主張の推計には合理性がない。すなわち、被告は、本件各処分及び異議決定においては、別表(四)の被告の主張額記載の同業者と異なる同業者の所得率の平均を基準にして破産者の係争各年分の総所得金額が本件各処分のそれを上まわる旨の主張をしている。被告の、このような同業者選出の方法並びに推計の合理性の主張は、恣意的であり、単なる数字合わせでしかない。

4  同2のうち、別表(三)の昭和五一年分、昭和五三年分の外注費の額(<5>)は、少なくとも被告主張額だけあることは認めるが、それ以上の額である。

5  同3は争う。

五  原告の主張

破産者の係争各年分の事業所得金額の算出につき、次のとおりの各貸倒損失を当該年分の事業所得の特別経費として控除すべきである。また、仮に貸倒れが認められなくても、各年分の不渡手形については、債権償却特別勘定を設定し、その二分の一を、当該年分の破産者の事業所得の特別経費に算入すべきである。

(昭和五一年分)

1 訴外鈴木建設株式会社に対する金七〇〇万円

(一) 破産者は、昭和四九年一〇月ころ、大阪府島本町から鈴木建設株式会社(以下、鈴木建設という)が受注した三無瀬鶴ケ池線舗装工事を、鈴木建設から下請した。そして、昭和五〇年三月ころ右工事は完成したが、鈴木建設の破産者に対する下請代金の残額金七〇〇万円(破産者は、甲第一号証の一の手形の支払を延期し、その代りに、甲第一号証の二の手形を右残代金の支払を受けるために受け取つた)が未払となつた。

(二) 鈴木建設は、昭和五一年三月一三日大阪地方裁判所に会社整理の申立をし、右甲第一号証の二の手形は不渡りとなつた。鈴木建設は、その後昭和五五年一月一一日破産宣告を受けたが、破産者(金永鎮)へ配当の見込みはなく、右下請代金は、回収不能になつた。

2 三起土木建設こと川崎謙二に対する金二〇〇万円

(一) 破産者は、三起土木建設こと川崎謙二に対し、昭和五一年五月九日ころ金一〇〇万円、同年六月五日ころ金一〇〇万円を、川崎謙二に人夫の手配等を依頼した前金として貸し渡し、その際、右貸金の支払のために手形二通(甲第一号証の五、六)を受け取つた(甲第八号証)。

(二) 右の各手形は不渡りとなり、川崎謙二は、その後行方不明となり、破産者の右貸金は回収不能となつた。

(昭和五三年分)

3 訴外小林善太郎に対する金九〇〇万円

(一) 破産者は、昭和五三年四月ころ、訴外日本開発興行株式会社から、代金一一〇〇万円で宅地造成工事を請負い、右工事を完成させた。そして、破産者は、右工事残代金の支払のために、同社の代表取締役であつた小林善太郎から同人振出にかかる五通の約束手形(甲第一号証の九ないし一三)を受け取つた。

(二) ところで、右工事は、訴外鍛治建設株式会社(以下、鍛治建設という)が訴外松下住宅建設株式会社から受注した工事を日本開発に下請させ、それを破産者が孫請けしたものであるところ、鍛治建設は、日本開発との間でその工事代金一四〇七万七八三〇円のうち金七一七万八三〇〇円の支払を拒絶した。その理由は、破産者は、右工事の約定期日である昭和五三年六月一五日までに右工事を完工せず、同年七月二〇日ころの中間検査で、多数の不合格箇所が指摘されたため、鍛治建設は、日本開発に右箇所の手直し工事をするよう指示したが、日本開発や破産者はこれをしなかつたため、同年八月一二日、鍛治建設は日本開発との間の右工事請負契約を解除したというものであつた。日本開発は、鍛治建設を相手どつて、右工事代金の支払を求める訴を提起した(大阪地方裁判所昭和五四年(ワ)第三六八〇号)が、昭和五七年三月三一日全部敗訴の判決が言渡され、右判決が確定した。したがつて、鍛治建設が契約を解除した昭和五三年八月一二日ころには、日本開発の鍛治建設に対する債権は回収不能著しくは回収困難になつていたのであり、また小林善太郎も病気であつたため(甲第一〇号証参照)、破産者が受領した小林振出にかかる前記各手形(甲第一号証の九ないし一三)は、既に昭和五三年一二月に回収不能になつていた。

六  原告の主張に対する認否

1  原告の主張1は否認する。原告主張の鈴木建設に対する債権は、破産者の行つた土木工事の残代金ではなく、融通手形の担保として鈴木建設から受領した約束手形金債権である(乙第二、第一三号証参照)。

そうすると、右債権は、破産者の事業遂行上生じたものではなく、貸倒れとなつたとしても、それは破産者の事業所得の必要経費(所得税法三七条一項、五一条二項)には算入されない。のみならず右債権は、その後鈴木建設において支払ずみである。

2  原告の主張2は否認する。

原告主張の川崎謙二に対する債権は、人夫の手配等を依頼したことによる前金として破産者が貸付けたものではなく、破産者の行う土木工事業とは関係のない貸付金であり、破産者は、月三分から四分の利息を徴し、二通の約束手形(甲第一号証の五、六)と引き換えに現金を貸付けたものであり、右各約束手形は、不渡とはなつたが、川崎謙二の要請により依頼返却され、昭和五一年一二月末までに川崎謙二から破産者に対し分割で返済が完了している(乙第四号証参照)。

したがつて、右債権には貸倒れそのものがないから、破産者の事業所得の必要経費に算入できないことは明らかである。

3  原告の主張3は争う。

破産者が小林善太郎に対して有する債権は金五〇〇万円である(甲第一号証の一二、一三の約束手形は甲第一号証の九、一〇が書き換えられたものであるから、甲第一号証の一一ないし一三の合計五〇〇万円である)。そして、原告の右主張の事実関係を仮に前提にしても、破産者としては、甲第一号証の一一の約束手形の第一裏書人に対する償還手続のほか、原因債権の回収手続に努力すべき筋合いであつて、その手続がとられない昭和五三年一二月三一日の時点で右五〇〇万円の債権の回収不能が確定したとは到底いえない。のみならず、日本開発の鍛治建設に対する下請代金が請求できないことが裁判上確定しても、それによつて、孫請工事の代金支払のため原告が受領した小林善太郎振出の約束手形金債権或いはその原因債権が回収不能になるとは到底いえないから、原告の右主張はそれ自体失当である。

第三証拠

本件記録中の証拠関係欄記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  係争各年分の破産者の所得金額のうち、雑所得金額(被告の主張1)、事業所得金額の内訳の別表(三)の係争各年分の各売上金額(同表の<1>)、特別経費中の雇人費(同表の<4>)及び支払利息(同表の<6>)、事業専従者控除額(同表の<8>)が被告主張のとおりの額(別表(二)(三)に記載の金額)であること、以上の事実は当事者間に争いがない。

三  そこで、まず破産者の係争各年分の事業所得の算出所得金額(売上金額から売上原価及び一般経費を差し引いた金額)について判断する。

1  原告は、本件訴訟において、破産者の係争各年分の売上原価及び一般経費について、実額や被告主張の推計方法以外の何んらの推計方法も主張しないし、また、破産者の帳簿その他の信用性のある証拠資料も提出しないから、破産者の係争各年分の事業所得の算出所得金額については、推計によるを相当とするところ、成立に争いのない乙第六、第七号証、同第八号証の一、同第九号証の一、三、同第一〇、第一一号証、同第一二、一三号証の各一、三、同第一四号証の二、同第一五号証、同第一六号証の二、同第一七ないし第二〇号証、並びに、弁論の全趣旨によれば、(一)別表(四)の同業者は、破産者と同様に、年間を通じて土木工事業を営むものであり、破産者とほぼ同地域に事業所を有し、破産者と同様土木工事以外の事業を兼業せず、且つ、その係争各年分の売上金額が三〇〇〇万六八〇〇円以上九〇二〇万八〇〇〇円以下であつて、営業規模も破産者のそれと相当程度類似していること、(二)そして、右の同業者の、それぞれの売上金額、一般経費、算出所得金額、算出所得金額の売上金額に対する割合(同業者率)は、別表(四)の被告の主張額欄記載の通り(但し、昭和五一年分の同業者2及び昭和五二年分の同業者の「売上原価、一般経費」及び「算出所得金額は裁判所の認定額欄記載の通りである)であり、係争各年分の右各同業者率の平均値は、昭和五一年分が七一、四四パーセント、昭和五二年分が七一・四六パーセントであること、(三)右各同業者は青色申告をしているものであり、同表の各数値は、大蔵省令所定の一定の帳簿書類に基づくものであると推定されるから正確であるといえること、(四)右同業者の平均所得率を、破産者の売上金額に乗じて算出した破産者の係争各年分の事業所得の算出所得金額は、昭和五一年分は四二五四万六〇九五円となり、同五三年分は四二五六万二一一一円となること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  原告は、右認定にかかる同業者と本件各処分及び異議決定において基準となつた同業者とは異なり、右認定にかかる推計は、恣意的であつて合理性がないと主張する。しかし、白色申告に対する更正処分の取消訴訟は、客観的に所得の有無を争う訴訟と解すべきであり、課税庁は、右の訴訟において、処分の正当性を維持する理由として、更正処分の段階で考慮されなかつた新たな事実や更正後に収集した資料に基づく事実を主張することも当然に許され、また、裁判所も右課税庁の主張を取り上げ、その当否を判断できるものと解すべきであるから(いわゆる総額主義。最高裁昭和四九年四月一八日判決訟月報二〇巻一一号一七五頁、同昭和五〇年六月一二日判決訟月報二一巻七号一五四頁、同昭和三六年一二月一日判決税務訴訟資料四七号一頁)、本件において、被告が本件各処分、異議決定及び裁決の際基準となつた同業者と全く別の同業者を、選択してこれによる同業者率を主張し、裁判所がこれを取り上げてその当否を判断しても、そのこと自体は、推計の合理性を疑わしめる事由とはなり得ないというべきである。したがつて、原告の右主張は採用できない。

3  そうすると、前記1の推計には合理性があるというべきであるから、破産者の係争各年分の事業所得の算出所得金額は、昭和五一年分が四二五四万六〇九五円、昭和五三年分が四二五六万二一一一円と認めるのが相当である。

四  次に、弁論の全趣旨によれば、破産者の係争各年分の外注費については、昭和五一年分については被告の自認する一一五九万七八五七円、昭和五三年分については同じく一四四〇万円であると認めるのが相当であつて、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、破産者の係争各年分の外注費は、右以上であると主張するが、右事実を認め得る証拠はないから、右原告の主張は採用できない。

五  進んで、原告の主張する特別経費(原告の主張1ないし3)について判断する。

1  (鈴木建設に対する金七〇〇万円の貸倒れ)

原告の主張1の事実中、破産者の行う工事残代金の支払のために破産者が金七〇〇万円の手形(甲第一号証の一)を取得した点については、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、これを認めるに足りる証拠はない。

かえつて、成立に争いのない甲第二号証の一、二、乙第二、第三号証、第二四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一、二及び弁論の全趣旨によると、破産者(その商号は六三興業林商店である)は、昭和五一年二月ころ、鈴木建設に対して金七〇〇万円の手形金債権(甲第一号証の一)があつたが、右手形が同月二〇日不渡りとなつたので、右手形に代えて鈴木建設振出の手形(甲第一号証の二)(但し、手形上の振出年月日は便宜上昭和五一年一月一三日となつている)を受け取つたが、同年四月二〇日右手形も不渡りになつたこと、鈴木建設は、同年一〇月会社整理となり、更に、昭和五五年一月一一日大阪地方裁判所において破産宣告を受けたこと、右手形金七〇〇万円は、破産者が、鈴木建設に金員を融通して鈴木建設から受け取つた手形の手形金債権であつて、その事業である土木工事の請負代金として受け取つたものではないこと、なお、右手形金七〇〇万円のうち五〇〇万円はその後弁済されており、その余の二〇〇万円も高利で支払われた利息を元金に充当すれば、そのほとんどが弁済されたことになつていること、以上の事実が認められ、これに反する甲第七号証(破産者本人の供述書)の一部は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠がない。右認定事実によれば、右の金七〇〇万円の手形金債権は、破産者がその事業である土木事業によつて得た債権ではなく、これとは別個に金員の融通によつて取得した債権であるから、仮にそれが貸倒れになつたとしても、破産者の昭和五一年分の事業所得の必要経費になることはあり得ないといわなければならない。原告の主張1は理由がない。

2  (川崎謙二に対する金二〇〇万円の貸倒れ)

原告の主張2の事実中、破産者が、川崎謙二に対し、人夫の手配等の依頼の前金として金員を貸付けたとの点及び(二)の事実は、本件に顕われた証拠を仔細に検討してもこれを認めるに足りる証拠がない。

かえつて、成立に争いのない甲第四号証、乙第四号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証の五、六及び弁論の全趣旨によると、破産者は、川崎謙二に対して金二〇〇万円の手形金債権(甲第一号証の五、六の各手形)を有していたが、右各手形は、破産者が、その事業である土木工事業とは無関係に川崎謙二に貸付けた貸付金の支払のために取得したものであり、しかも、右各手形は一旦不渡りになつたが(甲第一号証の五、六の各付せん参照)、昭和五一年一二月末日までに破産者に完済されていることが認められる。そして右事実によると、そもそも、右の金二〇〇万円の手形金債権は、破産者の事業によるものではないのみならず、昭和五一年中に完済されたものというべきであるから、破産者の昭和五一年分の事業所得の必要経費になることはあり得ない。原告の主張2は理由がない。

3  (小林善太郎に対する金九〇〇万円の貸倒れ)

原告の主張3は、主張自体失当である。すなわち、仮に原告の右主張どおりの事実関係があり、日本開発の鍛治建設に対する工事代金の一部が存在しないことが裁判上確定され、日本開発が破産者に工事代金を支払わず、また、小林善太郎が病気であつたとしても、いずれにしても、それだけでは、破産者が有する小林善太郎振出の約束手形金債権が回収不能になつたとは到底認め難いから、それが、破産者の昭和五三年分の事業所得の必要経費として計上できないことは明らかである。のみならず、成立に争いのない乙第二六号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲第一号証の九ないし一三、並びに、弁論の全趣旨によれば、甲第一号証の一二、一三の手形は、同号証の九、一〇の手形の書き換え手形であつて、小林善太郎が代表者をしている日本開発に対する破産者の請負代金の残額は五〇〇万円であつたところ、右五〇〇万円についても、小林善太郎は、弁済その他により、その支払義務がないと主張していることが認められる。したがつて、いずれにしても、右原告の主張3は理由がない。

4  なお、原告は、原告の主張1ないし3の各貸倒れによる特別経費計上が認められないとしても、係争各年分に生じた手形不渡については、債権償却特別勘定を設定し、その二分の一を当該年分の事業所得の特別経費に算入すべきであると主張するが、債権償却特別勘定(所得税法五一条二項、所得税基本通達五一-一九)の設定によつて必要経費に算入できるのは、債務者について破産の宣告、和議の開始決定、その他一定の事実が発生した場合に、当該事業の遂行上生じた売掛金、貸金、その他これに準ずる債権の二分の一についてであることはいうまでもないところ、前判示のとおり、原告の主張1は、該手形金債権は破産者の行つていた事業とは無関係な事由で発生したものであり、原告の主張2は、該債権は既に破産者に完済されているというのであり、原告の主張3は、所得税基本通達五一-一九に所定の事実の発生についての主張立証がないのみならず、債権の貸倒れの主張としてはそもそも失当なのであるから、いずれも、債権償却特別勘定の設定の前提要件がないというべきである。原告のこの点に関する主張は、独自の見解であつて採用できない。

六  してみると、破産者の昭和五一年分の事業所得金額は、別表(三)の同年分欄記載のとおりとなつて一〇九四万八二三八円となり、昭和五三年分のそれは、算出所得金額が四二五六万二一一一となるほかは同表の同年分欄記載のとおりとなつて一〇五六万二一一一円となり、昭和五一年分の総所得金額は、右事業所得金額一〇九四万八二三八円に雑所得金額五〇万四〇〇〇円を加えた一一四五万二二三八円、昭和五三年分の総所得金額は、右事業所得金額一〇五六万二一一一円に雑所得金額一二万九五〇〇円を加えた一〇六九万一六一一円となるから、その範囲内でなされた本件各処分(但し、裁決により取消された部分は除く)は、適法であることに帰着する。

七  以上のとおりであり、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 八木良一 裁判官 岩倉広修)

別表(一) 申告・更正等の経過

<省略>

別表(二) 砂利購入券転売先の明細

<省略>

別表(三) 事業所得金額

<省略>

別表(四) 同業者算出所得率一覧表

<省略>

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